ch7 メモ

未完のようす。

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  • 新心理学の担い手の特徴は以下の2点

①哲学部門の教育を受けたものが多く、哲学部門のポストに就いた。

②新しいハイブリット形態としての「哲学‐実験科学者」という役割を確立。

  • この動きにたいして、非実験者、自然科学的方法を使用しない哲学者(「純粋哲学者」とする)は、批判的。
  • 哲学者の役割は「純化purification」されなくてはいけない。哲学者と、実験心理学者との役割は分離すべき。(実験心理学者は哲学ポストを占めるべきではない。)

 

*1890-1920ころのドイツにおける代表的な「純粋哲学者」として、ディルタイヴィンデルバント、リッケルトフッサールの見解を取り上げる。

 

 

【Dilthey(1833-1911)】

  • おもにベルリン大学で活躍。(1882~1905)
  • 1893年ベルリン大へのシュトゥンプ(ブントやエビングハウスではなくシュトゥンプ)招へいに尽力。当時の書簡に「この招へいは、ベルリンのラジカルな自然科学化への抵抗だ」。
  • 1894年論文「記述的‐分析的心理学への構想」

 

  • 記述心理学と説明心理学

「説明心理学explanatory psychology」:仮説演繹法による。綜合的ないし構成的。

⇔だが、心理学において仮説演繹法は有効なのだろうか?

  • 説明心理学は諸仮説の結合を基礎にしているが、可能な競合仮説は無限に存在し、そのなかからの選択についての適切な手続きもない。したがって、仮説はどこまでも仮説でしかない。
  • 自然科学の例に従うということは、仮説演繹法を使用することである、という説明心理学の想定は誤っている。扱っている対象に適した方法に、ツールのほうを調整すべき。
  • 心的現象とその相互関係は、直接的に知られるものであるから、心的事実間の連続的結合のために仮説演繹法を使用するのは誤り。
  • また、知覚や記憶、把握・連合の結合などについて説明心理学が注目するのは、その新的現象の一面だけであり、「その心的現象の全体における人間的本性、主観における内的結合」が無視されている。これは誤り。
  • 心理学の実験化は、内的心理学の法則の同定にはなんら寄与しない。せいぜい心的現象の記述か分析の助けになるくらい。

 

  • 説明心理学の失敗は、精神科学全体を脅かす。
  • 精神科学は心理学的概念、概念化に依存しているから、心理学が、説明心理学化して失敗することは、たんに心理学のみの失敗にとどまらない。
  • 精神科学者は、ここで、仮説的性格でしかない説明心理学を基礎としてもつことに妥協するか、日常的で主観的心理学の曖昧性を解決しようとするかのどちらか。
  • 心理学的随伴主義(心的現象についての要素還元的・決定論的想定。)を想定した説明心理学によって人間の行為を説明することになると、法律や裁判にも影響が及ぶ。

 

  • 記述心理学
  • 心理学と精神科学の危機を克服するための新しい心理学。
  • 人間の心的生活において統一的にあらわれているものの部分と関係を記述する。その部分と関係は、経験されたものに単一の関係として記述される。(部分の合計が経験されたもの、というわけではない。)
  • 仮説演繹法は使用されない。だが、分析、経験、比較などのあらゆる手段、心的活動の形式を研究するための技能のようなもの「the works of geniuses」が使用される。
  • 記述心理学は、分析的である。つねにすでに与えられている心的構造を、その構成部分に分析していきそれらを記述する。(つまり、要素から心的現象を構成する説明心理学とは逆向き。)
  • 記述心理学によって使用される相互関係は、内的知覚によって決定的に検証されるため、記述心理学の帰結は必然的にもたらされる。
  • 記述心理学は、哲学および精神諸科学の基礎になる。すべての認識論は、心理学的概念・観念を前提としている。
  • 記述心理学はまた説明心理学のためにも重要。説明心理学は「発見法」としての意義くらいしかないが、記述心理学から、記述的構造、正しい用語法、テストの意義などの概念を基礎付けられる必要がある。

 

  • 同時代人からの反応
  • ディルタイは「記述的‐分析的心理学への構想」論文をオイケン、ナトルプ、ヴィンデルバンドらの純粋哲学者らと、エビングハウス、ブントら実験心理学者らに送っている。前者の反応は、個々の論点については異論があっても、純粋哲学志向の方向性は高く評価されたようである。(書簡からの分析)
  • エビングハウスは、手紙と論文の2か所でディルタイ論文を批評しているが、かなり辛口。
  • 1895年11月27日付け書簡:シュトゥンプをベルリンに招いたのは、アームチェア哲学からの決別だと思ったのに、違ったのか?!という旨。
  • 1896年論文:

①説明心理学と記述心理学の関係について、ディルタイは曖昧である。記述心理学は、経験的心理学の発展にとっても重要だと述べているわりに、別の箇所では、説明心理学には未来がないから捨てられるべきだとされている。

②連合心理学批判も心的状態・プロセス分析の強調も、どちらもディルタイのオリジナルではない。ディルタイがいうような「説明心理学者」は過去にもヘルバルトくらいだろうし、現在はおそらく存在しない。プロセスの分析はミルやミルの師トマス・ブラウンがすでに述べていたことと同じ。

③説明心理学を、仮説演繹法の使用において非難するのは間違っている。どんな心理学(ディルタイが擁護するような心理学も含めて)も直接的に経験できないプロセスの存在を前提することを強いられる。また、仮説は、完全に正当化されないからあいまいだというのも、レトリカルな誇張である。

④心理学が精神科学の非仮説的な基礎となるべきという提案が、何を根拠になされているのかわからない。

 

 

【新カント学派】

  • 新カント学派の、新心理学への態度は、1860年から世紀の変わり目にかけて大きく変化した。初期1860年代から70年代にかけては、新カント派じたいが、生理学や新心理学に非常に近い立場にあった。その時期の代表的な論者はLangeだろう。

 

  • カントの生理学的解釈
  • 初期カント学派の論者たちは、生理学、心理学への関心がおおむね強かったといえるが、なかでもランゲは実験心理学の創設者の一人といってもよいほどである。
  • 「魂なき心理学」という彼の言葉は、形而上学からの解放をめざした新心理学のスローガンになった。
  • カントのアプリオリを、生理学的心理学的に解釈しようとした。知覚図式、カテゴリーなどは、人間の生理学的心理学的「組織」に基礎づけられているとされる。感覚器官の生理学は、「発達した正しいカント主義」である。
  • もののカテゴリーは我々「組織」の必然的プロダクトにすぎないから、カントの生理学的解釈は唯物論の対抗策となる。

 

  • 新カント学派内部で、新心理学への批判的見解が目立ってくるのは、ヴィンデルバント、リッケルトあたりから。ヴィンデルバントは1876年チューリッヒ大学に就任したさいの講演「心理学研究の現状について」で、生理学者が哲学のポストを占めるべきではないと発言している。
  • 就任講演は、「哲学研究と経験的研究との関係についての古くからの問い」を扱っている。この問いは、現在、心理学にとって最も火急のもの。
  • 心理学は形而上学・認識論には関心をもたず、それらへの関心を保ってきたのは哲学内部の心理学である。認識論・形而上学への関心は、心理学の帰結にも負っているから、哲学は心理学を必要としてはいるのだが、しかし心理学には心理学のためのプロフェッションとポストを占めるべきである。
  • 世紀が変わる頃になると、ヴィンデルバント実験心理学への態度はより悲観的・否定的になっていく。彼は、1880-90年代の心理学・生理学への関心の高まりが、悪しき歴史相対主義傾向を強めたと嘆いている。
  • また、この時代、哲学ポストにつくには、電気配線の方法論的手続きを習得したとか人よりも計測がうまいとか、そういうことが大事なんでしょw、みたいなことも言っている。このような「哲学の心理学的置換」と「疑似哲学」の繁栄は、生、政治、宗教、社会といったことへの問題を覆い隠したい政治的配慮からしても歓迎されたむきだろうw、と。

 

  • 法則論的科学と個性記述的科学
  • 現在ではヴィンデルバントといえば、「法則論的/個性記述的」区分くらいしか知られていないが、この区分は、心理学の位置づけの問題に強く結びついている。
  • 1894年講演「歴史科学と自然科学」:諸科学の分類がテーマ。
  • まず哲学・数学と経験科学とが分けられ、次に経験科学のなかの区分が問われる。
  • 旧来の「精神科学/自然科学」区分は、心理学についてあいまいであるので使えない。(精神科学の基礎といういみでは精神科学に入るし、方法論的には自然科学にはいるから。)
  • 心理学を正しく、生理学・生物学・物理学の側に区分する規準を見つけないといけない。
  • 「知識獲得のゴールの形式的性格」から区分すればよい。自然科学と伝統的にいわれてきた諸科学は、「一般的な法則」を探究する。つまりこの側は「法則論的科学」である。他方、伝統的に精神科学とされてきた諸科学は、「個別的な歴史的事実」を探究する。つまりこの側は「個性記述的科学」である。
  • 心理学は、この規準では法則論的科学である。とすると、
  • 心理学は、歴史学や哲学ではなく、物理学の側に区分される。(⇔ブント見解)
  • 科学的心理学に基づいた歴史学という構想(ブント、ランプレヒト)には反対。

 

 

  • リッケルトは西南ドイツ学派の第二のリーダーで、フッサールのあとにフライブルク大学に就任した。彼も、経験心理学が、精神科学の側に含まれないような、諸科学区分(経験諸科学のなかでの学区分)を提示している。
  • 文化科学と自然科学との決定的な違いは、概念の形成の仕方の違いにある。
  • 自然科学は、実在の「コピー」をするのではない。科学的知識の獲得は、「再組織化」と「単純化」のプロセスによる「一般的概念」の獲得である。
  • 文化科学のばあいには、概念形成の仕方は多様である。実在そのままをあらわし、つねに特殊・個別的に考察を行う。
  • この区分はヴィンデルバントのものよりも根本的とされる。なぜなら「自然科学における法則の探究」とは、一般化という概念形成のひとつだから。

 

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