ch6 メモ

p.127~

【新心理学の創設者たち】

  • Ben-David and Collins1966は、現代心理学の初期の歴史において働いた「社会的要因」を指摘している。
  • 新心理学創設期の重要人物となったものたちは、生理学‐哲学者のプロフェッショナルを確立してきた人々であった。
  • 新しい科学学科フィールドが存在するようになるには、新しい「プロフェッショナルな役割」が作られねばならない。新心理学の場合、この新しい役割は以下のような「role hybridization」から帰結した。

⇒生理学は哲学よりも高度な地位を得ており、競争条件としては生理学よりも哲学のほうがより厳しくなかった。⇒新心理学の創設者たちは、生理学の実験的手段をもちいて実践的哲学を行った。

  • Ben-Davidらの想定しているよりも当時の哲学分野の競争条件はよいものではなかったし、新心理学の特殊化は、哲学の厳しい競争状況のなかで、個別諸科学のどのような能力が利点となるのかを探る試みでもあったことを指摘しておく必要がある。
  • だが、ブントら実験心理学の開拓者たちが、哲学分野に参入することで、実験心理学の擁護・批判両方のハイブリッドとしての新しい役割を担ったことは確か。

 

【Wilhelm Wundt 1832-1920】

  • 1875-1917ライプチヒ大学哲学教授
  • 1879年に大学内に心理学実験室を創設。実験心理学に特化した初のジャーナル『哲学研究』(1883-1903)の創始者でもある。
  • ライプチヒ大心理学実験室は、現在のラボとほぼ同様に、ヒエラルキー的に組織化され、結果の所有権を機関がもつという形態をとっていた。
  • 研究者育成のための部門と、直接的に特殊テーマを探究する部門とにわかれており、ラボ全体のテーマ(継続/新テーマ)を組織する統括ディレクターのもとで、各テーマごとに小グループが組織された。セメスターごとに研究成果がまとめられ満足なものであれば出版公開の準備がされる。出版の是非にかかわらず実験プロトコルの所有権は、実験室にある。

 

  • ブントは6人の新心理学開拓者のなかでは唯一、哲学の専門教育を受けたことがない。チュービンゲンとハイデルベルクで医学を修め、ベルリンで生理学研究を行った後、ハイデルベルクヘルムホルツのもとで新しい実験心理学および文化心理学研究をすすめ(1858-1864)、Grundzuge der physiologischen Psychologie 1873/1911を出版。1875年からライプチヒ大学哲学教授(1917年停年退官)。指導者、教師として多くの弟子を育てたことでも有名。

 

  • 哲学についての見解
  • 哲学が他の諸学の基礎である時代は去った。哲学は、自然科学、人文科学などの個別科学の成果によって基礎づけられなくてはいけない。
  • 哲学の仕事は、諸科学の多様な成果をひとつの全体へと統合し一般的洞察を与えること。また、科学的方法と知識獲得の条件についての洞察を行うこと。
  • 哲学と他の諸科学との相違は本質的なものではない。同一の内容を、異なる観点からみているので領域として異なる。諸科学は、知識を、膨大な個々の対象についての個別的知識へと分割するが、哲学は、これら対象についての知識のあいだの相互関係に目をむける。
  • 知識の相互関係についての学科として、哲学は①知識の生成についての洞察、②知識全体の組織的構造の解明、を行う。
  • これに応じて、哲学は(ⅰ)知識の科学、(ⅱ)原理の科学とに分割される。

知識の科学:形式的法則と知識のリアルな内容を扱う。一般科学史と純粋/応用認識論と形式論理学から成る。

原理の科学:一般科学原理、個別諸科学原理としての形而上学から構成される。個々の諸科学が前提としている形而上学の吟味を行う。

 

  • 世界把握のための一般形而上学
  • 世界把握は、その時代の科学駅意識の総体に対応しており、その時代の情動的ニーズを充たすもの。
  • これは、科学的に方向づけられた「帰納的」形而上学である。思弁的・演繹的な観念論的形而上学とは異なる。形而上学的観念(宇宙論的観念、心理学的形而上学的観念、存在論的観念)は科学の成果に応じて選択され発展する。

 

  • 論理学と心理学の関係
  • 論理学は、科学的知識にとって有効な思考の法則を説明するものである。
  • 論理学は、心理学と他の諸科学とのあいだに存在する、一般的に妥当な観念間の結合関係を同定する規範的学科である。
  • 心理学は人間がいかに事実的に施行するのかを研究し、論理学は人間が科学的知識を獲得するためにはいかに考えなくてはいけないかを洞察する。
  • 初期においては、リップスの「思考の物理学としての論理学」テーゼへの言及がなされているが、後期になるとこのテーゼは使用されなくなる。もともとブントは、論理学の規範的性格を主張する点でリップスとは異なる。
  • 論理学的思考の心理学的研究は、いかなる科学的論理学の発展にとっても、第一に必要なものであるとされる。このような心理学的研究は論理学プロパの一部分ではないが、論理学的思考の特性の同定のために寄与するのは心理学的研究のみであるとされる。

 

  • 論理学的思考の同定
  • 心理学的分析は、論理学的思考を他の種類の思考と区別するための3つの性質を特定する。

①自発性:論理的思考は人間によって自由意志の活動として経験される。つまり論理的思考は意志的行為であり、思考の論理法則は意志の法則である。

②自明性:論理的思考は内的必然性の特殊な性格をもつ。この性格は、論理的思考によって生産された観念間の結合に直接的確実性を与える。

③普遍性:論理的思考の法則は、すべての理性にとって明証的evidentであり、かつその適用可能性がなんらかの個別対象領域に限定されない点において普遍性をもつ。

  • ②と③は心理学法則には欠けている。
  • また論理学法則も心理学法則も事実的思考について観察し、そこから一般化されるが、論理学法則のみは、事実的思考に対しての評価を与える規範となりうる。
  • 但し、このような相違にも関わらず、論理学法則の形式化・説明において、心理学法則および心理学的タームは不可避に現れる。論理的思考は人間の心のなかで行われるものであり、心的活動と不可分であるからである。

 

  • 心理学の身分
  • ブントによっては、心理学は哲学的学科のひとつとは考えられてはいない。心理学は人文科学の一学科とされる。
  • 人文科学は「心的プロセスの科学(心理学、心理物理学、人類学、民族学など)」、「心的プロダクトの科学(哲学、法学、経済学、政治学、神学、芸術学、科学方法論)」、「心的プロダクトの発展の科学(諸歴史学)」の3部門に分けられる。
  • プロセスはプロダクトに先立つので、心理学は他の人文諸科学に先立つ。
  • また、心理学は、物理学・生理学との関連性を持つ点で、自然科学と人文科学を架橋する学科といえる。さらに、心理学は、生理学・哲学との歴史的関連性を持つ点で、哲学と自然諸科学との仲立ちを果たすことができる。

 

  • 心理学と自然諸科学の関係
  • 心理学は形而上学的仮定から解放されなくてはいけない。伝統的な「実体魂説」ではなく「現実的魂説」を採用すべき。
  • 「心理学は経験的事実をそれじたいのコンテクストのなかで、なんらの形而上学的想定なしに解釈しなくてはいけない。」
  • 人間の経験についての、「内的」経験と「外的」経験の二分法は拒絶される。「すべての経験は、経験の対象と、経験する主体の両方の要素が不可分に含まれている。」
  • 経験の対象/主体(客観/主観)の拒否が心理学学科の特徴。この拒否は心理学と他の自然諸科学とのメルクマールにもなる。
  • 自然諸科学は、対象の性質や関係を探究するが、心理学はこの区別をせず直接的な「所与」を探究する。
  • 「心理学は自然科学と同じく経験科学のひとつである。両者の観点は互いに補完的なものであり、両者の観点が合わさって我々に向けて開かれた経験的知識のすべてが尽くされる。」⇒なので、キュルぺ、ミュンスタベルク、マッハなどの哲学の心理学・生物学的還元は誤った方向とされる。

 

  • 物理的因果と心的因果の区別
  • 「物理的因果性」と「心理学的因果性」は区別され、物理的因果性は心的因果の解明にはなんら寄与しない。
  • 物理的因果と心的因果の相違は以下の3点

①自然科学においては、原因と結果とは「別々の2つの経験」であり、因果関係は2つの出来事のあいだの規則性について理論的に知られる概念的関係(ヒューム的)。心理学における心的要素間の関係は、別々のもののあいだにある関係ではなく、「直接的意識の事実」である(行為とその理由は観察や理論によって知られるのではなく、意識のレベルで事実として結合している)。

②心的プロセスの説明には価値的決定が含まれているため、心的因果は物理的因果関係には還元できない。心理学における説明は何が合理的であり適切であるかという規範的規準を参照してなされる。

③心的プロダクトの形成は、意識的な目的論的活動、目的/手段の多数の選択可能性を含む点で、物理的因果性とは異なる。

*ブントは、「心的因果性の一般的法則」というものを同定している。たとえば、創造的帰結の原理(複雑な心的現象はその構成要素の集積以上のものである)、結合原理(心的内容はその意味によって別の心的内容と結合する)など。

 

  • 心理‐物理並行説
  • 心理学と自然科学とはラジカルに異なり、互いに他方に翻訳されえない。心理学は、物理的因果が心的結果を引き起こしたり、心的原因が物理的結果を引き起こす可能性を許容しない。
  • 心理学と物理学の各々の因果的連鎖は互いに並行関係にあり、同一のものではなく、比較可能でさえない。

 

  • 実験的方法の適用範囲と民族心理学
  • ブントは哲学的「内観」を認めないが、感覚知覚などの低次の心的プロセスの「内的知覚」は、実験方法によるコントロール下で信頼可能なものとみなした。
  • だが、実験的方法は、思考や情動のような高次機能については有効性を欠くと考えられており、その故に、実験心理学は心理学のすべてではないとされた。
  • 心理学的研究フィールドのもうひとつの中心は、「民族心理学」である。
  • 民族心理学は、言語・神話・慣習を対象領域とするが、これは個々人の心的プロセスについての客観的な集積データである。そのため、個々人の経験の内観という方法は適用できず、民族心理学を個人心理学に還元することはできないとされる。
  • 民族心理学の方法は、「比較的心理学」(異なる文化における現象の比較)、「歴史心理学」(同一の文化現象の段階、経過を比較する)である。

 

  • 主意主義の心理学
  • ブントの心理学は、intellevtualismと対照されるいみでvoluntarismである。
  • 主意主義的な心理学は、

①表象、感情、欲求などの異なる心的プロセスは、統合的イベントの諸側面であり、すべてひとしく基本的。どれかがどれかに分析されるわけではない。

②意志volitionは、他の主観的プロセスにとっての「表象的重要性」を持つ。他の主観的プロセスは、志向的・意志的行為の一部分であるときにのみ検知される。

③志向的・意志的行為はすべての心理学的プロセスのパラダイム的役割を果たす。

 

  • ハイブリッド機能としてのブント
  • 生理学の訓練を受けて哲学に参入。
  • 実験的方法を哲学的学科(としての心理学)に取り入れて新しい実験心理学をつくる。
  • 科学の基礎でも究極的審判でもない哲学像⇒「帰納的」哲学:その時代の科学的知識に結びついた哲学。
  • 審判の役目は、新しい科学としての心理学の役目になった。

 

 

【Franz Brentano(1838‐1917)】

  • 哲学(アリストテレス研究)のキャリアを持つ。1874‐1894年までウィーン大学で教鞭をとる。知的フィールドにおける哲学の地位の低さを、より厳密な自然科学とのリンクづけによって改善しようとした。
  • 但し、彼自身は心理学実験を行ったわけではなく、他の実験心理学者から「形而上学的」と非難されることも多かったため、20世紀初頭の新心理学の発展における彼の影響を評価することは意外に難しい。
  • Titchener1909,1921、Boring1950では、ブレンターノの意義は、〈ブント学派と対立する心理学的立場の構築〉にあり、ブレンターノ自身は実験心理学には関心がなかったとされている。
  • だが、上記のような見解は誤り。ブレンターノは実験的心理学への関心が薄かったわけでは決してない。
  • ブレンターノが、ウィーン大学の心理学実験室創設に尽力したことは明らかであるし、1895年の著作では、哲学の凋落を救うためには、自然科学の方法に従った研究がなされる心理学の研究機関の創設しかないと述べている。
  • 彼の実験室へのこだわりは、実験化による厳密化だけではなく、彼の二部構成の心理学構想からきている。

 

  • Psychognosy とgenetic psychology
  • ブレンターノは、心理学は2つの部門から構成されるべきであるとする。
  • 心理学(心理構造学?)は、究極的な心的要素の同定に従事する。心的現象は、この要素が合計結合されたもの。
  • 発生的心理学は、心的現象が従う法則の探究を行う。
  • 神経システムにおける機能プロセスとして、心的現象の条件は生理学的に探究されている。心理構造学は生理学的研究およびその方法に無関心でいることは許されない。だが、感覚の分析には、的確に企図されたツールの助けが必要なのであり、この企図は心理構造学によってなされる。
  • 心理学の実験化は、心理学にとって不可避の道であり、実験化された心理学はたんなる生理学ではないし、哲学プロパの外部の事柄でもない。
  • 心理構造学の帰結は、自明で、アプリオリで必然的。
  • 発生的心理学の法則は、単なる帰納的一般化であるので、厳密ではない。
  • 〈心的継起についての最高度の厳密な定式化を妨げる2つの要因が存在する。ひとつは、たんなる経験的法則が、いまのところまだ探究されていない生理学的プロセスの影響を受けること。もうひとつは心的現象の本質的役割を果たすintensityが、計測できないものであることである。〉

 

  • 志向性、作用の心理学
  • 内的心的現象の観察は不可能。観察は、観察される対象へのフルな注意を含意するが、たとえば感情などを観察しようとすると、感情のインテンシティは不可避に変化してしまう。
  • 心理学的知識の基礎として可能であるのは、内的知覚である。内的知覚において、ひとは、自身の心的状態や心的活動の対象に方向づけられているあいだ、付随的に、その新的プロセスに注目している。
  • 心的現象の特徴は、対象への志向性にある。
  • 志向的経験ないし志向的「行為」として心的現象を定義づけることで、ブレンターノ学派の心理学は、内容ではなく「作用」・「行為」について研究するものとなった。
  • 作用じたいが心理学の探究の対象であり、作用の対象としての内容(思考、概念、感覚など)は他の諸科学の研究対象となる。

 

 

【Carl Stumpf (1848-1936)】

  • ブレンターノ、ロッツェのもとで学び、ベルリン、ミュニッヒ、ハレ、プラーグ、ヴィルツブルグ大学の哲学教授職を歴任した、現代心理学「創設の父」。
  • ブレンターノ同様に、心理学の実験化を強調し、新心理学を哲学の一部として位置づける。近年の哲学の進歩は自然科学の厳しい方法によってもたらされたと評したが、心理学が実験化されることで哲学から切放たれるわけではないとした。
  • 実験化の必要性を強調するいっぽうで、本人は実験的作業には従事しなかった。(ベルリン大学心理学実験室創設に携わった際にも、はじめはそれほど大規模なラボはいらないと主張していた。)
  • 主著『音の心理学』1883-90も、3つの論文も実験的研究に基づいたものではない。シュトゥンプはブントと音響について論争しているが、彼の立場によると音楽家の知識は、実験室で心理物理的方法によって獲得される知識とはまた別の知識であるとされる。
  • ブレンターノの「内容/作用」区分を、「現象/機能」区分に置き換えている。現象は、感覚的で心の想像によるデータであり、機能は現象間の関係・複合現象への結合・概念形成、把握や判断、感情・意欲・意志などのこと。
  • 正しい心理学は現象と機能の両方を扱わなくてはならない。両者は互いに還元されず、互いに独立である。
  • 心理学は3つの「中立的諸科学」に区分される。現象学:実験的手法を用いて現象とその相互関係を探究する。Eidology:論理的、価値的、存在論的カテゴリーの探究とリストアップを行う。関係の一般理論:類似性、同一性、依存性、部分と全体などの概念の解明。

 

【Hermann Ebbinghaus (1850-1909)】

  • 実験心理学の「著作なきリーダー」。哲学者としてのトレーニングを受けたが、伝統的哲学研究への関心は薄かった。
  • ブントの心理学構想に反対し、思考や記憶などの高次プロセスにも実験的手法を用いるべきだとした。実験心理学によって高次プロセスがカバーできるようになれば、民族心理学は必要なくなる。
  • 哲学よりも生理学よりの関心が強め。実験心理学の論文には哲学的考察部分はいらない。

 

 

【Elias Muller (1850-1934)】

  • 1881年から1921年に停年退官するまでゲッチンゲン大学で活躍。ミューラーの実験室は当時のドイツ国内で最高レベルの成果を挙げていたといわれる。ドイツの二大心理学拠点であるベルリン、ライプチヒは、ミューラーに指導された実験研究者を多く雇っていた。
  • 「初の実験的心理学者」、「実験者のなかの実験者」。
  • 実験的心理学についての著作しか存在せず、かつ、心理学における実験的方法には決定的限界があるというブントの見解に反対し、実験的方法は、思考・記憶などの高次プロセスも含めたすべての心理学的プロセスに適用可能であるとした。
  • ブントとは異なり、生理学的還元主義に好意的。意志的運動は、脳のある部分の血流の増加から帰結するのではないか、などの生理学的還元見解が多い。
  • ブントの心的因果に反対した。また、生理学に基礎づけられた心理物理学によってFechnerのような心身二元論は消去できると主張。
  • 思考プロセスにも実験的心理学は適用できるとし、記憶研究に従事した。

 

 

【Oswald Kulpe (1862-1915)】

  • ブントとミュラーに師事。おもにヴュルツブルグ大学で活躍。
  • 実験家として「慎重なテクニシャン」であったいっぽう、論理学・認識論についての著作も多数。
  • 高次心的プロセスとしての思考への内観的‐実験的研究を行った「ヴュルツブルク学派」の一人として有名。この路線は、キュルぺのブントへの否認に起因しているといわれている。
  • キュルぺによるブント否認の直接の引き金は、アヴェナリス、マッハら実証主義者の見解。彼らは「経験」はそのようには分割されないとして、形而上学的な心的/物理的二元論を否定した。彼らは同時に、経験が物理的科学と、経験的科学的心理学という2つの異なる観点から洞察されうる可能性を許容した。
  • 科学的心理学においては、生理学的システムの概念は中心的であり、心理学的説明は生理学的原理に基づいていないといけない。だが、心的概念つまり自我主体の行為の概念を前提とする概念は心理学から除外される。心的概念は、直接経験のうちにその基礎をもたない。
  • 科学の仕事は、経験のあいだの相互関係についての最も経済的な記述をなすこと。マッハによれば、科学的法則は観察可能物のあいだの関数的関係であるとされる。科学が進歩するにつれて、法則はより一般的になっていく。(より思考が経済的になっていく)
  • 心理学のばあい、究極的経済化のすえには、生理学・生物学へと還元される。
  • キュルぺは上記の実証主義をうけて、心的因果、実験的/非実験的心理学区分、実験的手法の限界というブント見解を拒絶した。心的因果にかんしては、キュルぺは、心理学は経験の身体的、生理学的、生物学的有機体の事実と関係しているから、という理由でも否定している。
  • 1893年著作では、心理学は自然科学になるのだとし、心的プロセスは生理学によって説明されなくてはいけないとしている。なので当然、ブントの心理学2部構想にも反対。
  • だが、キュルぺ自身の見解は、1910年にボンに移った以降は、実証主義的よりもフッサール現象学のほうに近づいて行った。

 

  • 思考心理学
  • 判断、問題解決への実験的アプローチ。問題を与えられた被験者は、問題を解いた後で、いかにして問題解決したかを内観させられる。
  • 「無心像思考」:多くの思考プロセスは、イメージや感覚によっては説明されえないという説。この触知しがたい分析できない内容のことを指して「意識態度」とか「アウエアネス」といったタームが使用された。

 

 

  • 6人のハイブリッド「哲学/生理学者」ないし「哲学/心理学者」
  • みな心理学の実験化の必要を強調したが、みなが実験に従事したのではない。
  • みな哲学部門にポストを得たが、6人中2人は(エビングハウスミュラー)は実験心理学著作しかない。つまりこのポストのために伝統的哲学についての論述は必要なかった。
  • 心理学の進歩と実験的方法の使用は、哲学との制度的リンクを切り落とすことを強制するだろうか?
  • エビングハウスは、心理学は個別科学のひとつとして自活し、哲学から独立すべきとした。心理学は、独立した科学として、自身の目的を追うのがよい。そうでないと「哲学の奴隷」として、自身のポテンシャルを発揮できなくなってしまう。しかも、すでに心理学は独立分野として成長しており、哲学から学ぶところもない。
  • キュルぺは1912年のすでに「個別科学としての実験心理学」が成立したとも言える時期に、哲学的心理学を維持することが必要だと述べている。つまり、2つの同等に正当化された心理学(科学としての実験心理学と哲学的学科としての心理学)を区別しつつ維持すべきとした。
  • ブントは、心理学が個別科学のひとつとして進歩するとしても、制度的に哲学と分離しないほうがよいという立場(1913年以前にはしかし明確には述べられていない)。これは、彼の見解:心理学的問題の多くは哲学的問いと深く関連しており、心理学的知識は哲学にとって重要である、からきている。心理学にとっての哲学のニーズと、哲学にとっての心理学ののニーズは対称的。心理学は、哲学の下位区分であるとともに、経験的基礎科学でもある。キュルぺのような実験心理学/哲学心理学区分には反対。心理学の知見は個別科学的に正当化されるとしても、心理学は全体として制度的に哲学の内部にとどまるべき。
  • シュトゥンプはどのようないみでも心理学(経験心理学としても)は哲学から独立すべきではないとした。心理学は、個々の哲学諸学科の基礎であり、それらを統一する要素である。だが、実験的方法の使用を、心理学の哲学的性格からの乖離とみなすべきではなく、哲学プロパというにはあまりに実験的すぎる研究が多く存在するとしても、この事実によって心理学と哲学との制度的または概念的分離が促されることはないだろうとした。

 

【新心理学とは同時代人にとって何を担うものだったのか?】

  • 新しい心理学はおおむね以下のようなものとみなされていた。

①文化的凋落への対抗策、②他の学科、機関、実践のための補助科学、③精神科学の基礎、④哲学における進歩の鍵、⑤哲学の中心的核そのもの

 

①社会‐文化的インパクトの強調。

  • ブレンターノは、昨今の閉塞的社会条件は心理学的エンタプライスに基づいて改善されるだろうと述べている。心理学の影響は、非常にベネフィティカル。1874年。
  • Heymansは1911年に、ブレンターノとおなじような議論をしている。社会文化的状況が成長著しい心理学によって改善されることが期待できる。

 

②補助科学としての心理学

  • 新しい心理学の設立から10年くらいは新心理学の応用についての見解は、おおむね期待、予測のレベルにとどまっていたが、1900-20年くらいの期間に心理学の成功的応用についてのレヴューが激増した。
  • Marbe1912:心理学は、自然科学、医学、言語学、哲学、文学、美学、歴史、教育学、法理学、経済学、哲学・・・にとっての中心的「補助科学Hilfsswissenschaft」。およそ200の心理学を応用した研究がサマライズされている。
  • 上記マルべ論文では軍事利用については言及されていないが、1910年前後から心理学を利用した軍人教育等の必要性が強調されはじめている。

 

③精神科学(人文科学)の基礎としての心理学

  • ブント:心理学は精神諸科学の基礎を供給する。
  • リップス:心理学は、すべての精神諸科学の合計と等しい。個別精神科学はそれぞれの領域についての心理学的科学であり、このような諸心理学的科学は実験心理学に含まれる。
  • ブントのリップスのこの発想は、同時代の歴史学者Lamprechtから来ている。ランプレヒトは歴史学科には心理学的基礎が必要であると述べ、「歴史学それじたいは応用心理学にほかならず」、実験的心理学は、精神科学の方法論的発展のためにレリバンスである。

 

 ④哲学の進歩のための鍵としての心理学

  • 新心理学の担い手の多くは哲学教育を受け哲学ポストに就いたため、哲学の進歩にとっての心理学の重要性が叫ばれたのは、あるいみ当たり前の戦略。
  • ブントは1863年にすでにこの見解を表明している。実験心理学のジャーナルが『哲学研究』と命名されたが、のちにこの雑誌についてKampfttitelだったと述べている。このタイトルは、実験心理学について、哲学の下位学科である、唯物論とは無関係である、生理学ではない、というイメージの定着に貢献した。
  • のちの、実験心理学・民族心理学の心理学二部構想も、心理学全体によって思弁的観念論を克服しようとする発想。
  • 哲学の、抽象性、あいまいさなどを克服するために、心理学、実験的方法、科学的方法の厳密性が必要である、という路線は他にキュルぺ、マルべなど。
  • エビングハウス:「心理学は長い過去と、短い歴史をもっている」。心理学は千年の間存在し歳をとってきたが、いっこうに安定した進歩をみせてこなかった。だが、心理学が実験的心理学になることによって、成熟した連続的進歩が可能になる。

 

⑤哲学の基礎としての心理学

  • 心理学が哲学のコアであるべきであるという主張は、心理学が哲学の進歩にとって必要であるという主張よりも強い主張である。
  • アヴェナリスは、人間の生物学的ニーズの理解のために心理学が役立つというだけではなく、心理学が哲学それじたいであるのだとまで主張。なぜなら、心理学は、現実世界での生活理解にとって重要な2つのこと、「運動」と「感覚」理解にとって本質的であるので、心理学が人間理解にとってもっとも経済的な仕方であるから。
  • 他のラジカルな論者としては、Krugerなど。論理学・認識論・倫理学・美学などもすべて経験的心理学の分割下位領域にすぎないので、「哲学」という名のもとに分割される学科は、「心理学」以上のなにかではない。
  • ブレンターノ学派もこのラジカル路線に入る。論理学や倫理学のルーツが心理学にあるだけでなく、形而上学も心理学に依存しているとされる。(アプリオリな判断とは何か、とかいった問題はけっきょく心理学的問題なので。)
  • シュトゥンプの立場は微妙だが、心理学の実験化によって心理学が哲学と切り離されるのではなく、心理学が哲学になるのだ、というほうに近いのでこの路線に入る。

 

 

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