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ch5 メモ

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p.101~【フッサール以前の「心理主義」】

  • Erdmannの1866年の著作で初めて「Psychologismus」というタームが使用される。

Die Deutsche Philosophie seit Hegels Tode

Grundriss der Geschichte der Philosophie

  • ここで「心理主義者」として非難されたのはE.Beneke
  • エルトマンはへーゲリアンなので、心理学を哲学の基礎として扱うベネッケの立場に反対だった。だが、詳細なベネッケ哲学批判がなされているわけではない。

 

  • Benekeの「新しい心理学」
  • 思弁哲学は厳密な哲学によって置き換えられるべき。哲学が「至高の科学、科学のなかの科学であるなら」、「哲学に与えられる実在、つまり内的経験に依らなくてはいけない」。
  • ベネッケが目指す「新しい心理学」とは「新しい心理学的方法」に基づく。自然科学をモデルにしているが、その正確さは自然科学以上。それは自然科学が「外的感覚」に依るのにたいして、新しい心理学はより誤りにくい「内的経験」を拠り所にするので。
  • 「新心理学」は内的経験をより単純な要素へと分析し、それらの相互作用から複雑な心的現象を説明する。「悟性」とかいった思弁タームは使用せず、行為や起源に注目。思考は、成熟した魂におこるものとしてではなく、発達するものとして研究される。
  • 新心理学は哲学の中心核である。「我々自身の知識」つまり心理学的知識は、他のすべての哲学的知識の基礎となる、出発点であり核である。
  • 論理学全体は、「応用心理学」とみなされる。人間の心の発達についての法則は、心理学に属するので、論理学のための基礎科学は心理学であるので。

 

1880年著作『新しい哲学の歴史』で、心理主義の定義と批判。

  • 心理主義:〈形而上学的システムの常なる同伴者。経験的‐心理学的正当化の観点から形而上学的教義を扱うと心理主義におちつく。心理主義者はたいてい、経験的心理学はすべての哲学の基礎であると主張したがる。〉
  • 〈ベネッケは最もラジカルな心理主義者。彼は認識論とすべての学科が心理学に基づくと主張するだけではなく、アプリオリな知識の同定は心理学の仕事ではないと断じさえする。彼にとってはアプリオリな知識など存在せず、心理学のトピックは経験的意識の発達の歴史でしかない。〉

1884年論文「批判的方法か、発生的方法か?」

  • 心理主義克服の策としてカントの超越論的批判的方法を提唱。カント以降の心理主義者を名指しで批判。
  • 心理主義とは、「発生的方法genetic method」(論理学・認識論・倫理の公理の普遍妥当性を証明するために、経験的心理学や文化‐歴史に訴える)を使用すること。
  • だが、あるひとつの経験科学理論は、それじたい他の理論の前提条件になっているのだから、経験的方法で普遍性を正当化することは無理。
  • すべての文化において同一の論理原則が経験的方法によって見出されうることはない。だが「幸福への意欲」はどの文化にも共通。心理主義は従って、相対主義、「暴徒」の哲学に落ち込む。
  • なぜなら、心理主義は「幸福への意欲」を人間思考の唯一の共通項とするが、これは哲学を暴徒の判断に服従させ、哲学的エンタプライスをぶちこわす最もよくしられた道だから。

 

フッサールの「心理主義」の使用法は、直接的にはシュトンプの「心理学と認識論」1892からの影響が大きいと思われる。

  • シュトンプのテーマは、19世紀ドイツ哲学における「批判主義」(認識論をすべての心理学的基盤から解放しようとする)と「心理主義」(あらゆる認識論的探究を心理学に還元しようとする)との分裂対立の克服。
  • 大部分は新カント派批判だが、カントの中心的教義「超越論的演繹」(カテゴリーの適用の正当化のための議論)と「純粋悟性概念の図式論」(カテゴリーの適用がいかに達成されるかの説明)が拒絶される形でなされている。
  • カントは、カテゴリーの適用は、現象がそこに当てはめられ秩序づけられるような時間空間の図式によって支配され、この図式によって可能になっているとするが、シュトンプからすると、この説明では、因果性や実体といったカテゴリーと、時間概念との関係が全く不明。
  • また、カテゴリーの適用についての普遍的一般原則は存在しない。個別的な綜合が、その都度の時間空間におけるその個体の性質に従ってなされ、個々の綜合の正当化はその現象によってなされるのだから、アプリオリな一般的正当化など必要ないし、そのようなものは不可能。
  • 心理学的考慮の必要性:すべての認識論的主張は「心理学のテスト」にパスしなくてはいけない。カントによる知覚の形式としての時間空間と、知覚の内容としての感覚性質との区別はこのテストにパスしないだろう。「認識論的に真であり、心理学的に偽であるような主張は存在しない」
  • 新カント派による、心理学と論理学とは明確に切り離されるべきであるという見解には反対。だが、両者はそれぞれ異なる問題を扱う。心理学は概念の起源と発生を研究する。認識論のゴールは「最も一般的で直接的で自明な心理」の同定である。
  • 「最も一般的で明証的な洞察が完全にリストアップされ、定式化・分類され、たんなる公理と区別されるようになれば、認識論は知識の基礎のためにすべてをしつくしたことになろう。直接的真理の「可能性の条件」といったような問いが何を意味するのかを私は理解しない。この先なされるべきは、意識に生じるそのような判断の心理学的条件にかんする探究である。」これが達成されれば、「批判主義」も「心理主義」も成功裏に消去されるだろう。

 

Elsenhaus

  • 論理学は心理学の一部、という積極的主張のために、Lippsが援用される。
  • リップスの「心理主義」定義は最もよく引用されたもの。:

「論理学は心理学の学科である。なぜなら、知るようになるプロセスは魂のなかでのみ起こるのであり、知るようになるさいに知ることじたいを完全にする思考することは心理学的プロセスなのだから。知識と誤謬との対立を無視する点で心理学は論理学と異なるという事実は、心理学がこれら2つの異なる心理学的条件を同一視しているということを意味しない。心理学はたんに知識と誤謬とを同一の仕方で説明するのである。心理学が論理学に溶け込むと主張するものはいないだろう。両者は十分に切り離されてはいるが、論理学は心理学の部分学科なのである。」Lipps1893

Gutberlet

  • 新スコラ主義者。アリストテレス存在論と現代経験心理学の結合、としてなぜか心理主義に肯定的だった。だが、すべての学科が心理学の一部であるという見解は拒絶。

 

  • 中立的見解

Heinze1899:

「多くの論者は、心理学にすべての哲学科学の基礎を見出している。とくに、彼らは心理学を、論理学・認識論のための基礎とみなしている。この点でカント主義と異なる。ブレンターノはこれらの哲学者のあいだで強い影響力を持つ。彼の見解は、彼の弟子たちによって発展させられた。」

Elsler1897:

心理主義とは、心理学を哲学も含むすべての人間科学の基礎とする見方」

 

*とはいえ、Stumpf1892からHusserl1900までのあいだ、心理主義に対しては、ネガティブな見方が大部分であった。

 

 

 

フッサール以後の「心理主義」】

  • 『論理学研究序説』出版以降、心理主義をめぐる議論は急激に多様化した。

 

(1)ヴァージョンの多様化の傾向

  • 各領域ごとの「心理主義」: 形而上学的、存在論的、認識論的、論理的、、、
  • 学派・主義ごと:経験主義者の、合理主義者の、批判的神学的、プラグマティック、超越論的、、、、
  • 真理に対しての程度ごと:正当化された、客観的、真なる、穏健な、厳格な、普遍的、オープンな、、、、
  • 理性的心理主義と感情的心理主義、直接的心理主義と超越論的心理主義

 

(2)心理主義と抱き合わせられる「主義」の多様化

  • 1900-1930のあいだ、心理主義と非難するさいに、別の「主義」も押し付ける傾向が強かった。
  • 最も多かった抱き合わせは、「自然主義」と「唯物論materialism」。心理主義は、唯物論の継承者とみなされがち。
  • 心理主義は、唯物論を捨てた自然主義者が採用した形式であるが、哲学を心理学によって置き換えようとしている。」Rickert1902
  • Gutberletによっては、主観主義、プロテスタンティズムと抱き合わせられた。彼は、心理主義をカント主義と対立する側のものとして捉えたため。
  • Dubsによっては、心理主義は、彼自身のダーヴィニズムと抱き合わせられる。ダーウィン主義的心理主義者としての彼によれば、科学・芸術・倫理・宗教などはすべて、人間の発生的組織によって決定され、生存のための競争によって選好される。[つまり、すべてが進化心理学に還元されている。けっきょく進化心理学主義。]
  • Moogは、心理主義実存主義?existentialism(論理学的領域について実存に依存した理解を与える立場)の一形態としている。より穏健な実存主義はEthicism(論理学を思考の倫理とみなす)、より過激な実存主義はBiologidm(論理学は人間種の生存の単の便利なフィクションである)といわれる。

 

(3)心理主義オルタナティブ

  • 心理主義をどのようなものとみなすかによって、正しい代替理論も異なる。
  • 「反心理主義antipsychologism」として最も多く挙がるのが新カント派であるが、
  • 新カント派は、「反心理主義」として超越論的論理学、観念論、ドイツ観念論、カント批判主義などを挙げていたが、「批判主義」の定義は一致していない。リッケルトによれば、「批判主義」;価値の純粋科学としての論理学である。
  • 現象学によれば反心理主義=「純粋論理学」=「超越論的現象学」とされる。
  • その他「反心理主義」として提唱されたのは、ヘーゲル(Medicus)、社会学(Adler)、数理論理学(Schols)など。

 

(4)自称心理学主義者たち

  • 「正当化された」、「真なる」、「穏健な」心理主義とかいった言い方をする論者たちは、おおむね心理主義に好意的である。このなかには、悪しき心理主義に対してのオルタナティヴはよき心理主義しかないと述べるものもいた。
  • ブレンターノとその弟子筋にあたるマイノング、ホッファー、マルティらは、自分たちが「心理学はすべての哲学の中心ないし基礎である」という見解を持つ点で「心理主義者」であると認める。だが、論理学・認識論が心理学の一部であるとか、心理学が規範的問題を解決できる、という見解は否定する。
  • Cornelius、Eisler、Linkeなども「よく理解された心理主義」に肯定的。
  • Lippsは、心理学と心理主義を再定義したと自負する。〈フッサールは論研で「心理主義」を非難している。そう、私は心理主義者である。心理学は、論理的・倫理的・美学的事実の説明なしに、心理学的事実に対してなされうる、と信じる点で。だが、心理学的事実の独立性を主張するわけではない点で、心理学者ではない。論理学の領域を、論理学ではない領域、すなわち心理学の領域と切り分けることは論理学の重要な仕事だ。心理学は科学にとっての指針になり、論理学は心理学の一部ではある。だが、論理学は心理学に基づくのではない。〉
  • Heymans、Jerusalem、Schuitzなど、認識論・論理学が経験心理学の一部であるという見解を持つ点のみで、自身を「心理主義者」とする論者もいた。つまり、規範的正当化を経験的正当化で置き換えたい立場が端的に「心理主義」といわれている。
  • Mauthnerは、カントの認識論が、(蔑称ではなくて)心理主義的であるとして評価している。

 

(5)心理主義の定義と規準

  • 1900-1930のあいだ、自称「心理主義者」は非常に少数派だった。大部分の論者は、「心理主義」を哲学的過ちとみなし、互いに非難しあった。
  • この非難のメリーゴーランド状態は、心理主義の帰属についての規準が極度にフレキシブルな状態であったことに他ならない。心理主義チャージのリストをみていみると、20世紀初頭の数十年間に、心理主義として非難される可能性がまったくなかった哲学者はほとんどいないように思える。

 

(6)心理主義論争にかんしての当時の評価

  • 論争最盛期の評価
  • Eislerは1907年の時点で、〈自身が心理主義と非難されることなしに、反心理主義的でいることは非常に難しい〉と述べている。
  • 1916年にはBaeumkerが〈反心理主義の流れは過剰なほどだ〉としている。1917年のSteinmannによると〈心理主義というキャッチーな語は、すでに内容がなくなっていて、とにかく現行の認識論のすべてにアンチであるのが心理主義といった具合〉。
  • だが、心理主義論争についての上記のような評価じたいが議論含みでもあった。Honigswaldは、上のEislerの主張に激怒して1908年に〈心理主義についての適切なカント主義を採っているものは、自身が完全に無罪であると常に自覚している〉と述べている。
  • ドイツ哲学界が心理主義とアンチとに二分していることを嘆く声もあった。Maier、Driesch、Mauthnerなど。
  • だが、心理主義をレトリカルな意味で論駁したいという理由で論争に進んで参加しようとする論者もいた。Marty、Rickertなど。だが、論駁に成功したものはいなかったようである。
  • 終結期?
  • ハイデガーの1913年の学位論文は、ブレンターノ学派の心理主義的性格を明らかにするものだった。ここで彼は〈心理主義が、ある種の哲学者たちのメンタルバランスを乱しているのかいなか、我々にはわからないし、わかる必要もない。気分や価値から自由な研究が、哲学においてさえ可能であると思うのならば、ある理論を心理主義だとみなすことが「非難」であることを否定するよき理由があるといえる。ブレンターノの不満とは裏腹に、彼の判断理論は心理主義的だ。〉と述べている。1912年にもすでに彼は「論理学的探究の現状において、心理主義的逸脱が反駁されたことは広く知られている」と書いているのだが、いったいいつ心理主義は「克服された」のだろうか?(この点は結論で考察する。)
  • 1912年にナトルプも、心理学と論理学の混同はすでにある程度克服された、としている。
  • 1920年代になると、心理主義論争じたいが過去のことになっており、心理主義というものが哲学にとってのリアルな危機としては考えられなくてなっている。
  • 再び?/新たな?危険性の示唆
  • だが、もっと下ると、1927年にカッシーラーは〈心理主義はいまだに反駁されたとはみなしえない。フッサールによる規定と批判とは形式も正当化も変化したが、我々は心理主義が高い危険性をもって現れてくる可能性に注意していなくてはいけない。〉と述べている。また、1931年のHonigswaldによれば〈心理主義ともはや闘わなくてすむなどという態度は開いたドアを蹴っているようなもので、心理主義論争が過去のものだと思うのは、哲学が直面している本当の危険をみおとしているからだ〉とされる。

 

 

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